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高松高等裁判所 平成6年(ネ)426号 判決

控訴人

川初惠子

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

三井康生

被控訴人

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

宇都宮嘉忠

右訴訟復代理人弁護士

田口光伸

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人川初惠子に対し、金四九五〇万円、控訴人川初美穂、同川初佳子及び同川初直子に対し、それぞれ金一六五〇万円及び当該各金員に対する昭和六一年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事実関係

一  請求原因

1  被控訴人は、松山事務管理有限会社との間で、次のとおり、昭和六〇年一月二一日、(一)の保険契約を、同年一〇月九日、(二)の保険契約(以下、これらを併せて「本件各保険契約」という。)を締結した。本件各保険契約は、被保険者が「急激かつ偶然な外来の事故」によって身体に傷害を被ったとき保険金が支払われる契約である。

(一) 自動車保険契約

(1) 保険期間 昭和六〇年一月二一日から昭和六一年一月二一日まで

(2) 被保険自動車 自家用小型自動車 愛媛五六の一一七七(以下「本件車両」という。)

(3) 担保種目 自損事故・搭乗者傷害

(4) 保険金額 自損事故一四〇〇万円

搭乗者傷害五〇〇万円

(5) 証券番号 八四八〇六〇一八四四

(二) 傷害保険契約

(1) 保険期間 昭和六〇年一〇月九日から昭和六一年一〇月九日まで

(2) 被保険者 川初太郎(以下「太郎」という。)

(3) 保険金受取人 太郎の法定相続人

(4)担保項目 普通傷害(死亡・後遺障害、入通院費用)・交通事故

(5) 保険金額 普通傷害四〇〇〇万円

交通傷害四〇〇〇万円

(6) 証券番号 八五八〇一四九七一三

2  太郎は、昭和六〇年一二月二五日午後九時二五分ころ、本件車両を運転し、愛媛県伊予郡中山町佐礼谷一九八番地一先国道五六号線を走行中、道路右側のコンクリート擁壁に本件車両を衝突させて、本件車両が炎上する事故(以下「本件事故」という。)が起き、その結果、死亡した。

3  控訴人川初惠子は、太郎の妻であり、控訴人川初美穂、同川初佳子及び同川初直子は、いずれも太郎の子である。

4  控訴人らは、昭和六一年一月末日までに、被控訴人に対し、本件事故を報告し、本件各保険契約に基づく保険金の支払を請求した。

5  よって、被控訴人に対し、本件各保険契約に基づき、控訴人川初惠子は、金四九五〇万円、控訴人川初美穂、同川初佳子及び同川初直子は、それぞれ金一六五〇万円及び当該各金員に対する昭和六一年二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1・2の各事実は認める。

2  同3・4の各事実は知らない。

三  抗弁

1  (免責事由)

(一) 本件各保険契約において、被保険者の故意による身体傷害及び自殺行為に対しては、保険金は支払われないことが約されていた。

(二) 本件事故は、太郎が故意に引き起こしたもので、太郎の自殺行為によるものである。

2  (「詐欺の行為」による無効)

(一) 本件各保険契約においては、保険契約者や被保険者の詐欺の行為があったときは、保険契約を無効とすることが約されていた。

(二) 松山事務管理有限会社(代表取締役太郎)は、保険事故を故意に発生させることを意図しながら、これを秘して、被控訴人を欺罔し、正当に保険契約を締結するものと誤信させて、本件各保険契約を成立させた。

3  (詐欺を理由とする取消し)

仮に、2の事実が認められないとしても、

(一) 抗弁2(二)のとおり

(二) 被控訴人は、控訴人らに対し、平成三年六月一三日送達の準備書面で、本件各保険契約における被控訴人の意思表示を取り消す旨意思表示した。

4  (公序良俗違反による無効)

太郎は、借金返済目的のため、死亡の外形を作り出して保険金を詐取する意図で、本件各保険契約を締結した。したがって、本件各保険契約は、被保険者が身体傷害を受けた場合の入通院給付及び後遺障害・死亡の結果に対し保険金が支払われることを目的とする傷害保険の趣旨を逸脱したものであり、公序良俗に反し無効である。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認する。

第三  当裁判所の判断

一  請求原因1(本件各保険契約)及び2(保険事故)の各事実は、当事者間に争いがない。

本件の各保険約款上、被保険者の故意の事故招致及び被保険者の自殺行為が保険者の免責事由であること(乙三七〜三九)に照らして、控訴人らは、右の請求原因2の事実をもって、「急激かつ偶然な外来の事故」の発生の事実の立証を尽くしていると解するのが相当である。

二  そこで、抗弁一(免責事由)について判断する。

証拠(乙三七〜三九)によれば、その(一)の事実を認めることができるので、次に、その(二)につき検討する。

1  (本件事故前の太郎の経済状態)

(一) 証拠(甲三三、三九、四〇、原審における控訴人川初惠子本人、弁論の全趣旨)によると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故当時、太郎とその妻の控訴人川初惠子には、太郎の司法書士の業務及び松山事務管理有限会社の経営による収入と、控訴人川初惠子の収入とを合わせて年約二〇〇〇万円の所得があり、銀行預金や有価証券等約六三〇〇万円と不動産を有していたが、他方、暴力団関係者の大石安雄に対して月五分の利息の約定のなされた元金二五五〇万円、高利貸しの伊藤為市に対して月三分の利息の約定のなされた元金六二六〇万円、銀行や農協に対し元金計約五二〇〇万円など、合計三億円余りの借財があった(大石及び伊藤に対する利息だけでも、計算上、年三七八三万円余りとなる。)。また、太郎は、昭和六〇年一一月一六日、太郎及び松山事務管理有限会社の共有の土地建物に控訴人川初惠子のおいを権利者とする仮装の根抵当権設定契約をし、その登記を経由した。

(2) 太郎は、別紙1「川初太郎保険付保状況」番号9ないし17記載のとおり、昭和六〇年一月から同年一一月までの間に保険契約計九口を締結し、本件事故当時、保険料年払額は、それ以前に入っていたものを含め、概算合計金二六二万円になっていた。

(二)  右(一)の事実によれば、太郎は、本件事故当時、借財の返済に追われ、資金繰りに窮していたことを推認することができる。

2  (本件事故における車両火災の原因等)

本件事故の発生に係る故意行為として、太郎が本件車両の車室内にガソリンを持ち込んだか否かが問題となるので、①本件事故当時、車室内にガソリンが存在したか、②車両の欠陥や本件事故における衝突により相当量のガソリンが車室内に侵入することがあり得たかについて、検討する。

(一) 証拠(甲四、五、七、九、一五、一七、二一、二二〜二六、丙一、原審証人松下力、同兵頭英昭)によると、次の事実が認められる。

(1) 太郎は、本件車両を運転して、本件事故現場付近の国道五六号線を大洲方面から松山方面に向かい走行していたが、本件車両は、その進行道路が左カーブになっていたにもかかわらず、毎時約六〇キロメートルの速度でそのまま直進し、中央線及び反対車線を越え、本件車両右側面を道路右側のコンクリート擁壁に衝突させ、道路右側の側溝に右側車輪を落としたまま約一〇メートル走行して停止した。

(2) 停止直後の本件車両は運転席下辺りから火が出ているような状態で、太郎は失神して運転席にのけぞっており、運転席の座席、太郎の腰や上服に火が着いてちょろちょろ燃えていた。本件車両の停止から約一分後、本件事故を目撃した増田稔が太郎を救助するために本件車両の助手席側のドアを開けたところ、その二、三秒後、ボオーという大きな音とともに車内一面が火の海となった。その後、本件車両は、全体が炎に包まれ、一〇数分燃え続けた。

(3) その結果、本件車両は、左前輪、前部バンパー及びその付近の一部を残して焼燬した。焼燬した本件車両の状態は、車内の焼損が激しく、各部の金属が露出し、ハンドルについては、芯になる金属のリングとそのアームを残して皮膜はすべて焼け落ちていた。本件車両の燃料系統の構造の概略は、別紙2構成図記載のとおりであるが、本件車両後部に在る燃料タンク及びそのタンクから前部に通ずる給油パイプには亀裂や破損はなかったが、フューエルポンプと給油パイプを結ぶゴム製パイプは焼失していた。燃料タンクには5.6リットルのガソリンが残存していた。助手席マット上の残焼物、運転席と運転席後部座席の各マット、後部座席上に置かれていた週刊誌から、それぞれガソリン成分の反応が認められた。なお、前部バンパー右側、右側前部フェンダー、右側ドアに擦過痕及び凹損傷があり、車体下部には擦過痕及び亀裂痕があった。

(4) 運転席に残っていた太郎は、体全体が第四度の火傷により炭化しており、両手首部が破裂骨折してその先が脱落し、両膝蓋部が破裂骨折して右下腿部は膝蓋部から脱落していた。太郎の血液中には、一酸化ヘモグロビン三八パーセントとガソリン成分の含有が認められた。

(二) 証拠(原審鑑定、当審証人太田安彦)によると、鑑定人太田安彦(名古屋工業大学機械工学科教授)は、次のような判断をしていることが認められる。

(1) 本件事故での発火源や発火場所を特定することは難しいが、車室内の運転席並びに助手席の足元の床あたりに、火災の初期から鎮火時まで途絶えることなく、かなり強い炎が存在していたことが推測される。

(2) ハンドルの焼損状態、太郎の体の炭化の程度などから見て、車室内に存在した石油系の液体燃料が燃焼したことに疑いの余地はない。

(3) 本件火災の経過によると、本件車両の車室内には、ドアが開けられるまでは、過濃なガソリン混合気ができていて、ほとんどの空間が過濃側可燃限界以上であったが、その段階ですでに炎が発生していたところ、ドアが開けられたことによって、火炎伝播に好適な混合気ができて、一気に炎が拡がったものである。

(4) 本件車両の火災で燃焼したガソリンは、本件車両全体の焼損の状況から見て、少なくとも二〇ないし三〇リットルである。

(5) 本件車両の車室内に、希薄側の可燃限界濃度のガソリン混合気を形成するためには、理論上0.229リットルでカーペット等に吸収されることを考慮すると、少なく見積もっても一リットル以上のガソリンが必要であり、過濃側の可燃限界濃度のガソリン混合気を形成するためには、理論上1.25リットルでカーペット等に吸収されることを考慮すると、少なく見積もっても五リットル程度のガソリンが必要である。

(6) 可燃混合気が存在すれば、金属どうしのわずかな接触で生じるような人間にはほとんど感知できないような火花でも点火源となる。

(7) 本件車両において、本件事故における衝突により給油パイプとフューエルポンプ及びキャニスター間の結合部分が破損したり亀裂を生じたりしても、そこから漏れた燃料が車室内に侵入することはなく、また、衝突以前の走行中にガソリンが漏れた可能性はほとんどなく、たとえ走行中にガソリンが漏れても、それが車室内に侵入することはほとんどない。

(三)  右の(一)・(二)の事実関係を総合すると、本件事故における火災は、太郎が本件車両の車室内に持ち込んだガソリンに着火して発生したものであることを推認することができる。

3 1・2の事実を総合すれば、本件事故は、太郎が保険金を借財の返済に充てる目的で、故意に引き起こしたものであり、太郎の自殺行為であると推認することができる。

したがって、抗弁1は理由がある。

三  そうすると、その余の判断に及ぶまでもなく、控訴人らの請求はいずれも理由がない。

よって、右請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官渡邊貢 裁判官豊永多門 裁判官大泉一夫)

別紙〈省略〉

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